日本では絶景ブームの最中「まるで天国」と形容されるウユニ塩湖。
聖書によれば、天国とは「天国は、高さ・長さ・幅がいずれも2400 キロの巨大な黄金の都で、道には金の敷石が敷き詰められている」される。(黙示録21章16節)。金の敷石の実用性は謎ではあるが、地上において希少で価値があるものがありふれているという事を強調したいのかもしれない。
だとすれば、ウユニ塩湖を天国と形容する理由は絶景だけではない、地下にはレアメタル一つであるリチウムが大量に眠っているからだ。
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21世紀を象徴する金属であるリチウム
リチウムは1817年に発見され、冷戦時に水素爆弾の原料として一時的に需要が増大した以外は、窯業や塗料の原料として細々と使用されていた[2]。
希少金属でありながら、実は地球上にありふれている元素で、地殻中では25番目に存在比が高い元素である。反応性が高いためほとんど化合物として、地表では火成岩の主成分としてや熱水噴出孔、付近に存在している。地表付近においては推定埋蔵量3000万t[1]が鉱床もしくはかん水*として存在している。
*かん水とは塩分やミネラルを含む水のこと
リチウムは躁鬱病等の薬の炭酸リチウム錠やガラスやコンクリートへの添加用途等、多様な用途で使用されるが、1991年に商品化されたリチウムイオンバッテリー(LiB)の原料として世界で消費量が増大した。小型で大容量かつ充電可能なLiBは、ノートパソコンやスマートフォンからドローンに到るまで、移動可能な電子機器の電源として広く使用されている。かつて据え置きだったハイスペックコンピュータが膝の上、手のひらに乗りついには空を飛び始めるためには、プロセッサーの小型と共にLiBの存在が不可避だった。

LiBの開発に携わった、旭化成名誉フェローの吉野彰を含む3名は、2019年度ノーベル化学賞を受賞した。
そして近年は、電気自動車(EV)のバッテリーとしてモビリティを担おうとしている。

Source: UBS report published January 2018, utilising Roskill, Benchmark Mineral Intelligence, and company filings.
炭酸リチウム需要の実績と予測
モビリティ革命
最近話題の電気自動車(EV)は多くのバッテリー容量を必要とし、物によってはスマートフォン1万台相当のリチウムを使用する。
EVメーカーのテスラモーターズの時価総額は2020年1月22日に約1027億ドルを突破し、トヨタについで自動車メーカーのなかで2位となった[3]。2003年に設立された会社が自動車という巨大産業のなかで既存感を持ったという象徴的な事象であるのは間違いない。カール・ベンツが1885年に世界初のガソリン車を発表してから135年、人類は深刻な気候変動を前に2020年2月にはイギリスがガソリン車とディーゼル2035年の全面禁止を発表し、世界各国でガソリン車の規制に向けた動きが始動している。今後は自動車メーカー各社にとってEV事業は存続に不可欠であり、各社ともEVのラインナップを揃えはじめている。

Image by Tesla
250,000台のEVが生産されるたびに、リチウムの消費量は7万トン増加すると予測されている[3]。今後リチウムはエネルギー資源として今後人類の経済活動に必須となるだろう。

Metalary.com
世界有数のリチウム埋蔵量を誇るウユニ塩湖
ボリビア当局によれば、2019年の調査でウユニ塩湖のリチウム埋蔵量21百万tと推定された[4]。これは世界最大であり世界の埋蔵量の25%に相当する。これらのリチウムはウユニ塩湖地下のかん水に溶けているため採掘する必要はない。ウユニ塩湖はアルティプラーのというアンデス山脈上の高原に位置しているが、この一帯は世界有数のリチウム埋蔵量を誇っており、チリのアタカマ塩原、アルゼンチンのオンブレ・ムエルト塩原とと並びリチウム三角地帯と呼ばれ、世界のリチウム埋蔵量の75%を占めている[4]。
チリとアルゼンチンはそれぞれ、1980年代と90年代リチウム田開発を開始しているが、ウユニ塩湖は2000代まで手つかずのまま残されており、2006年にパイロットプラントの建設が決定された[4]。
チリ、アルゼンチンはすでにグローバルでのポジションを築いている
現在、主要なリチウム生産国のうちオーストラリアと中国は、主に鉱石からリチウムを生産している。

南米で主流のかん水からのリチウムの抽出は、鉱石からの採取に比べて低価格でリチウムを生産できる。もともとリチウムは鉱石からの生産が主流だったが、各地での塩湖の開発と、かん水からのリチウム抽出技術の発達により、2017年を境にかん水由来のリチウム 生産が主流になりつつある。需要増加を見据えて各国がリチウム開発に乗り出す中、現在供給増加によりリチウムの価格は頭打ちで、今後低下すると予測されている。その場合、長期的には生産コストの安いかん水からの生産が可能な国が有利になる可能性があり、アルティプラーノ上の3国、チリ,アルゼンチン,ボリビアの3ヶ国の競争がリチウムの主戦場となるとみられる。

動き出したボリビアのリチウム開発
ボリビアの貧困率は45%[5] 世界で32番目に貧しい国であるため、政府はウユニ塩湖のリチウム開発に国運をかけようとしている。
2005年にモラレス大統領が就任したことは、リチウム生産に置いて、大きな転換点となった。それまでの親米政権はリチウム生産には至らなかったが、「モラレス政権は外国資本に頼らないリチウム開発」を目指したことで、国民の賛同を得た。「ボリビア人がウユニ塩湖を占領し、独自の採掘方法を発明した上で国債市場への参入を助けてくれる企業と提携する」「2010年までに電池を製造し、15年までに、電気自動車の国内生産をする」という目標を立てたが、現在バッテリーの量産には至っていない[6]。
社会主義運動党であるモラレス政権はリチウム事業を国有化し、管理下に置いている。各国の企業は、ウユニ塩湖の莫大なリチウム埋蔵量に関心を寄せるも、政権側の厳しい条件を前に提携企業の選定は難航した。最終的に2018年4月にドイツ企業のACIシステムズとパートナーシップ[7]を組むことが決定した。
最大の障壁は技術
かん水からバッテリー生産に使用できる水準のリチウム(99.5%以上の炭酸リチウム)を生成するためには、複数のミネラル(塩化ナトリウム、塩化カリウムおよび塩化マグネシウム)を取り除く必要がある[6]。
生産工程の参考として、SQM社/Albemarle社が保有する、世界最大級のチリ・Atacama塩湖で用いられている炭酸リチウムの生産方法を下記に記載する。
①かん水(Li:1,500ppm程度)を天日蒸発させ、かん水を濃縮させることによりLiClより溶解度がより低いNaCl・KClを晶出させる。この時点で、Li濃度が0.9%程度まで濃縮される。
② さらに天日蒸発を重ねMgCl2を晶出させて、最終的にはLi濃度を最大で6%程度まで濃縮させる。この時点でMgが1.8%、Bが0.8%ほど残留している。
③ まずはBを溶媒抽出により除去し、生石灰(CaO)ないし消石灰(Ca(OH)2)を加え中和し、Mg(OH)2として除去する。
④ その後、ソーダ灰(Na2CO3)を添加し炭酸化し、加熱・フィルタプレスろ過、乾燥させ炭酸リチウムを得る。
JOGMEC リチウム生産技術概略
ウユニ塩湖の生成方法も概ね上記の方法に近いと思われるが、チリのアタカマ塩原に比べてマグネシウムの濃度が4倍であるため、マグネシウムの分離にコストがかかる。また副産物のマグネシウムの処理も問題となる。
モラレス政権下での飛躍
以下の2枚の写真は、ウユニ塩湖で開発中のリチウム田の2013年および2019年の衛星画像である。6年間で大幅に設備が拡大していることがわかる。

Image by Nasa earth Observatory

Image by Nasa earth Observatory
2017年には産業化に伴う電力需要増加に応えるべく変電所が建設され[8]、2018年にはバッテリー製造フェーズにドイツが350mUS$投資を提示し[9]、また中国企業が産業用炭酸リチウム製造プラントを受注[10]、2019年にはリチウムに特化した高等教育機関が開校されるなど[11]、積極的な動きが見られた。

Image by PRESIDENCIA
突然のモラレス政治亡命
2005年から大統領を3期務めたモラレス大統領は、2019年10月の大統領選に出馬。開票速報によれば、対立候補との決選投票となる可能性が見えたものの、開何らかの理由により票作業が一時中断。再開後にモラレスの得票が伸び当選確実となり、4期モラレス政権が開始した。アメリカ政府や国民の一部は不正選挙が実施されたと主張した。対立候補の支持者の一部は暴徒化し国内情勢は混乱、その後軍や警察から辞職勧告を突きつけられ、モラレスは辞任を表明し11月12日メキシコへ政治亡命した[12]。本件についてモラレス派は悪意ある軍事クーデターであると主張している。

当時を知るツアー会社経営者のホセ氏は「自宅のテレビで開票速報を見ていると、モラレスの対立候補のメサが優勢になった。すると、テレビの放送が中断した。新聞もラジオも全ての情報が遮断された。24時間経ってテレビが再開した時、モラレスの当選が確実になっていた」と当時の様子を語った。
2020年5月3日に再度大統領選が実施されることが決定された注。新大統領が就任するまで、反モラレス派のアニュス上院副議長が暫定大統領が就任した。今後ののリチウム開発は次期政権に委ねられることになる。
注: ボリビア選挙管理委員会はCOVID-19の影響により、ロックダウン状態にあるため、2020/6/7から9/6の間に選挙日時を変更する旨を発表した[15]。
環境への影響
これまでほとんど手付かずだったウユニ塩湖が開発されることによる環境への影響は未知数だ。一般にかん水からの生産は鉱石の採掘よりも、環境負荷は小さい。しかし、かん水からリチウムを濃縮するための広大な蒸発池を必要とする。天日干しをする場合は蒸発池の面積が生産能力に直結するため、生産量を増加させるためには、より多くの蒸発池を作ることになるだろう。幸か不幸か、極端に平らなウユニ塩湖は、蒸発池の建設に適している。もちろんウユニ塩湖の面積は広大で、その全てが開発されることは考えずらいが、リチウム生産に必要な、化学プラント、発電所や変電設備等のインフラ設備の建設や輸送に伴う交通量の増加による大気汚染や光害はウユニの星空をかすめてしまう可能性もありうる。

またかん水の取水が塩湖の水位や流入河川へ影響する可能性がある。Atacama塩原のリチウム生産では、2019年12月にリチウム事業者のSQM社に対して、アタカマ先住民が「過剰な水使用により住民の生活と生態系への影響の懸念」があるとして、チリ環境裁判所に提訴した事例がある。
吹き始める逆風
マーケットリスク
次の時代の石油とも言われるリチウムではあるが、その価値ゆえに各国が生産に躍起担っているのも事実であり、2019年は供給過剰の年として価格が大きく下がったが、一方でメキシコ政府が自国のリチウム開発を表明、アフリカ諸国も鉱山開発をしているなど新規参入も多い。また隣国のチリは生産量増の方針をとっており、価格競争下でも採算が見込めるのかどうかが争点となってくる。特に海なし国のボリビアはチリとアルゼンチンに比べて輸出に不利である。また、高品質な製品を安定供給できなければ、買い手が付かない可能性もあり、外国企業とのリレーションが弱いボリビア政府の供給先確保を検討する必要がある。
技術リスク
現状のリチウム需要を揺るがす可能性がある要因として次世代バッテリー技術の研究がある。まだ実用レベルに至るには程遠いものの、実験が成功しているナトリウムイオン電池や、実現すれば遥かに高いエネルギー密度を達せしする可能性を秘めた金属空気電池などの研究が日々行われている[13]。これらが実現すれば、LiBを代替してしまう可能性がある。
もしくは、より安価なリチウム生産技術が開発される可能性だ。2018年に量子科学技術研究開発機構はじめとする日本の研究チームが、海水からのリチウムの分離回収技術を発表した[14]。海水には多様なミネラルが溶けており、リチウムもその一つである。しかし、濃度が極端に薄いため経済的取り出すことは困難とされていた。当該研究では、リチウムのみを透過する膜:イオン伝導体 (NASICON型Liセラミックス等)を使用してリチウムを比較的低コストで回収する事が可能とされている。この技術が実用化した場合、理論上は無制限にリチウムを回収することができるため、リチウムはもはや希少資源ではなくなり、消費地の近くで生産する事が合理的になるかもしれない。
黄金の敷石は銀の弾丸ではない
一旅行者としては、美しい絶景が失われることは悲しいことである。しかし、多くの旅行者が絶景に感動する一瞬の裏では、日常的に乏しい経済状況と社会インフラや行政サービスのもとに日常生活を送っている人がいるのも事実だ。自然豊かな地域を産業化してしまうと、産業の9割を観光ビジネスが占めるウユニ村にとっては少なからず影響はあるだろうが、観光業の経済効果は、産業化に比べれば限定的だ。我々の旅行先の保全のために、貧しい生活を受け入れ続けてくださいというのは無責任と言えるだろう。石油の時代の終焉が見え隠れしてリチウムの時代の幕あけている今日は過渡期であるが、リチウムの時代もいつかは終わりが来るだろう。その時に遥か昔から残されたウユニ塩湖の姿が復元可能な状態であることを祈ろう。
ソース:
[1]: https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK1302A_T10C14A2000000/ [2]: https://ja.wikipedia.org/wiki/リチウム#歴史 [3]: https://www.forbes.com/sites/stephenmcbride1/2020/02/19/this-stock-is-like-tesla-minus-the-risk/#7717ecc56e82 [4]: https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/012400058/ [5]: http://top10.sakura.ne.jp/CIA-RANK2046R.html [6]: NATIONAL GEOGRAPHIC ウユニ塩原のリチウム開発 [7]: https://www.acisa.de/lithium/ [8]: http://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20171115/55177/ [9]: http://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20180131/81526/ [10]: http://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20180529/85913/ [11]: Morales entrega Centro Tecnológico del Litio y presenta el primer vehículo eléctrico construido en La Palca [12]: https://ja.wikipedia.org/wiki/エボ・モラレス [13]: https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/report/2019/mhir18_battery_05.html [14]: https://shingi.jst.go.jp/kobetsu/qst/2018_qst/tech_property.html [15]; https://www.reuters.com/article/us-health-coronavirus-bolivia-election/bolivia-election-body-proposes-june-to-september-window-for-coronavirus-delayed-vote-idUSKBN21D39N
3 Comments
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