Covid-19の世界的な流行を中心に暗いニュースばかりの2020年に、民間初の有人宇宙飛行に成功するという、宇宙開発史に残る偉業が成し遂げられました。

EPCは将来の輪行手段の現実的な選択肢として、民間宇宙開発の動向に注目していました。今回の歴史的転換点について詳しく紹介していきます。

Crew Demo 2ミッション

民間宇宙開発会社のSPACE XとNASAの共同ミッションとして国際宇宙ステーションへの人員輸送を目的としたCrew Demo 2は、2020/5/30 3:22PM(EST)にフロリダのケネディ宇宙センターから打ち上げに成功し、5/31 10:16AM(EST)にISSとドッキングしました。アメリカにとって2011年にスペースシャトルが退役してから9年ぶりとなる有人宇宙飛行となりました。

今回のミッションの主目的は有人実証試験飛行であり、生命維持装置や宇宙服、表示システムおよび地上システム全体を通した運用性能の評価を目的としています。

乗員はNASAの宇宙飛行士2名、Bob Behnken(ボブ・ベンケン)氏とDoug Hurley(ダグ・ハーリー)氏はどちらもスペースシャトルのミッションを経験しています。

ミッションの概要のイメージビデオ、めちゃくちゃかっこいい

アメリカの宇宙開発の起死回生

宇宙開発には様々な分野があるとは言え、やはり有人ミッションは無人ミッションよりもはるかに高い信頼性が各システムに要求され、また人類の宇宙への進出という意味でも象徴的です。当初は宇宙空間へのスペースシャトルはその維持に莫大なコストがかっていた為退役を余儀なくされており、ISSへのNASAの人員輸送はロシアのバイコーヌール宇宙基地(カザフスタン)からソユーズで行う必要がありました。

もちろんその間には、JPL(ジェット推進研究所)による大型火星探査ローバーの運用 Curiosity Project(2012-)等、複数の難しいミッションを成功させてきましたが、有人宇宙輸送をかつての競争相手国に依存している状態は複雑な状態だったと言えるでしょう。

近年中国やインド等の新興国が宇宙開発において存在感を見せる中、今回のミッションは、アメリカ人の宇宙飛行士がアメリカ製のロケットによるアメリカ本土からの打ち上げとして、別名Launch Americaとして改めてアメリカの技術力を示す形となりました。

Crew Dragon とFalcon9

概要

今回のミッションは、launch vehicleのFalcon 9がペイロードとして有人宇宙船のCrew Dragonを地球周回軌道まで輸送し、その後Crew DragonはISSとランデブーおよびドッキングし人員を輸送します。

Falcon 9 – Launch Vehicle

Falcon 9はSPACE X により開発された大型商用輸送ロケットで、再使用可能な2段式ロケットです。これまでに数々の衛星軌道投入やISSへの物資補給ミッションを成功させています。今回のような人員輸送を視野に入れている当ロケットは、非常に高い信頼性を有しており、成功率は97.43%(76/78回の打ち上げに成功、2020/1/7時点)です。直径3.7m、高さ70m、低軌道への最大ペイロードは22,800 kgです。

推進系

FIRST STAGE(1段目), SECOND STAGE(2段目)ともに燃料にはPR-1(ケロシン系)と液体酸素を利用します。FIRST STAGEはMERLINエンジン9個のクラスターです。MERLINエンジンはSpace Xによって開発されたロケットエンジンで、1機あたり845 kNの推進力を生み出すことができます。

SECOND STAGEはMERLINエンジンをベースに真空環境での燃焼に最適化されたMVAC(MERLIN Vacuum)エンジン1機を搭載しており、981 kNの推進力を生み出すことができます。

MERLINエンジンの燃焼試験
FIRST STAGE

MVACエンジン

再使用性

Falcon 9は民間宇宙開発のボトルネックである打ち上げフェーズのコストを抑えるために、FIRST STAGEを再使用することができます。これまでに31回再使用ロケットによる打ち上げが実施されています。

再使用のためには、ロケットをソフトランディングさせる必要がありますが、Falon 9は高度なエンジニアリングによってこれを実現します。

Falcon Heavy の シーケンス

着陸シーケンスとしては、SECOND STAGEを切り離したFIRST STAGE は、コールドガス噴射により180°回転し、進行方向にメインエンジンを向け燃焼させることで減速する「BOOSTBACK BURN」、地球への落下を開始後に空力的に姿勢を安定させる「GRID FIN」の展開、大気圏突入時の「ENTRY BURN」による減速、「GRID FIN」の制御による空力的誘導により着陸地点を目指します。地表付近ではスラスターによる姿勢制御によりバランスを取りながらメインエンジンの燃焼による減速しつつ脚を展開し着陸します。一連のシーケンスは全てコンピュータにより自律化されています。

着陸地点としては、洋上への着艦と発射場への帰還のシナリオがあり、洋上の場合はSPACE Xが保有するドローン船: 「Of Course I Still Love You」(船の名前)に着艦し、整備場まで運ばれます。ちなみに「Of Course I Still Love You」は大西洋担当の船であり、太平洋担当は「Just Read the Instructions(説明書を読め)」と名付けられています。

Of Course I Still Love Youに着艦したFalcon 9 FIrst Stage

着陸には洋上着陸で搭載燃料の15%、射場着陸で30%を消費するため、より重いペイロードを高軌道に投入したい場合は、通常のロケットと同じく使い捨てで対応します。

Crew Dragon

Crew Dragonは、最大7名のクルーを軌道上およびその先へ輸送することができる直径4m, 高さ8mの宇宙船です。与圧されたCAPSULEと非与圧で貨物用のTRUNKから構成され、大気圏突入時はCAPSULEのみ地上に帰還します。

TRUNKは貨物室としての役割だけでなく、片面がソーラーパネルになっており航行中の電源供給を担っています。

制御系

 搭載された18機のDraco スラスター(ヒドラジンスラスタ)により、軌道上での移動および姿勢制御が可能です。また、緊急脱出用システムとしてより出力の高いSuper Dracoスラスターが8機搭載されています。

Super Dracoスラスターを噴射する様子

内装

民間宇宙船であるCrew Dragon は、実用化された宇宙船の中では類をみないユーザー中心設計をされています。SPACE Xの内装デザインチームは、乗員のユーザビリティとユーザーエクスペリエンスを最大化する内装を設計しました。例えば、カスタム成形シートは、打ち上げおよび突入時に激しい振動とGにさらされ、また長時間同じ姿勢を保たなければならない乗員が可能な限り快適に過ごせるように、座った乗員の体型に応じて椅子面が変形するようになっています。

宇宙服

宇宙服は有人ミッションにおいて最も重要なシステムの一つです。ミッションの快適性や機器の操作性を左右すると同時に、緊急時に極限環境から宇宙飛行士を守る最後の砦となります。火災に備えた耐火性能と打ち上げおよび再突入時の聴覚保護機能を備え、生命維持に必要なライフライン、酸素、水、気圧、冷却の供給や通信の提供します。SPACE XはCrew Dragonの宇宙服を内製しており、まるでApple製品のようにDragon宇宙船とシームレスに接続するように設計されています。例えば、酸素や電源の供給や通信のためのコネクタが一つに集約されておりワンタッチで接続可能です。またCrew Dragonはタッチスクリーンで操作するため、グローブはタッチスクリーン操作ができる素材でできています。多くの宇宙服と同様に宇宙服は各クルーに最適化されており、ヘルメットは3Dプリントで製作されます。

ちなみにこの宇宙服のベースデザインは映画アベンジャーズなどで衣装デザイナーを務めるホセ・フェルナンデス氏です。

操作インターフェース

Dragon 宇宙船はもともと無人補給機だったので、打ち上げ後の誘導およびドッキングに到るまで、全て自動で行うことができます。しかし、有人ミッションでは不測の事態が起きた時に手動または遠隔によって操縦可能であることがNASAの有人宇宙船認証基準で要求されています。したがって、Crew Dragonにも操作板が実装されているわけですが、インターフェースとしてタッチスクリーンを採用し、2020年の宇宙船にふさわしい未来的なデザインになっています。

タッチスクリーンはインターフェース設計の自由度が高い反面、ヒューマンエラーを誘発することも多く、例えば2017年の8月に、米駆逐艦U.S.S. John S.McCainと石油タンカーとの衝突によって10人が死亡し、58人以上が負傷した事故では、原因として実装して1年未満である2つのタッチスクリーンを備えた統合ブリッジナビゲーションシステムの複雑すぎる操作方法が乗員に正しく理解されなかったことにあるとされています。したがって、航空機、船舶、自動車の操縦や医療機器の操作のためのインターフェースとしては、タッチスクリーンを見直し物理インターフェースに置き換える動きもあります。一方で自律飛行をメインとする当宇宙船において、オフノミナルのためだけにボタンやジョイスティックなどの物理インタフェースを設置することは、限りあるスペースとペイロードを切迫してしまうため、モード切り替え可能なタッチスクリーンのメリットは大きいと言えるでしょう。

今回の Demo-2では実証実験を兼ねているため、一部をクルーによる手動誘導で実施し成功しました。

なおSPACE XはISSへのドッキングを手動で誘導する際のユーザーインターフェースを再現したWeb シミュレータ公開しています。是非みなさんもご自分の腕前を試してみてはいかがでしょうか。

Crew Dragon ISS ドッキングシミュレータ: https://iss-sim.spacex.com/

回転3軸移動3次元を制御する難しさを体感できます
私は3回目で成功、特別な訓練なくわずか3回で成功したのは、優れたインターフェースのおかげ

打ち上げ

39A発射台

今回Crew Dragonはフロリダのケネディスペースセンターの39A発射台(Launch Complex 39)から打ち上げられました。この39A発射台は、アポロ計画におけるサターンⅤの打ち上げや、2011年の最後のミッションを含むスペースシャトルの打ち上げに使用されてきた経緯があり、数々の宇宙開発史の出発点でした。2014年からはSPACE Xにリース契約され、Falcon 9 およびHeavy Falconの発射台として使用されてきました。

搭乗

宇宙飛行士は専門の技師によって宇宙服を装備されます。39A発射台と打ち上げ管制センターは4.8km離れており、発射台まではTesla Model Xにて移動しました。

宇宙服の装着
Model Xは史上初の宇宙服を着たまま乗れる乗用車となった

SPACE Xは過去にもFalcon Heavy の実証試験でTesla Roadstarのモックを軌道投入しています。具体的な試算は今のところないですが、消費者向けの自動車をクルー輸送に使うことは相当な広告効果があると推測されます。民間宇宙開発ならではの光景と言えるでしょう。

搭乗前には関係者からオンラインで応援メッセージが寄せられた
宇宙飛行士の乗り込みから軌道投入まで(4時間強)

今後のミッション

冒頭に記述した通り、2020/5/30 3:22PM(EST)に打ち上げは成功し、FIRSTステージの分離およびドローン船への帰還、Second Stage の分離、Crew Dragonの誘導そして自律制御によるISSへのドッキングに至るまで、順調に成功してきました。今回登場したクルーはISS到着後6-16週間ほど滞在します。その間に遠隔操作にてさらなるテストを行い、帰還の日時はNASAによって判断されます。そして各種試験に合格すると、Crew Falconは正式に宇宙船として認定され、今後の様々な人員輸送ミッションに使用されることになります。

今回のCrew Demo-2 が無事帰還し、信頼性が実証された暁には、早ければ2020/8/30にISSへの人員輸送ミッション、Crew-1が計画されています。Crew-1ではJAXAの野口聡一飛行士も搭乗予定です。Crew Dragon が正式運用されるようになれば、ISSへの輸送だけでなく旅客輸送も視野に入ってくるでしょう。

民間宇宙開発の時代

今回の偉業はオバマ政権時に発足した、NASAが打ち上げ費用を軽減する目的で、民間企業にもサービスを提供できる民間企業によるロケットの開発を促進する「商業乗員輸送開発プロジェクト」が実を結んだ結果です。本プロジェクトの最終フェーズである製品認証契約第2段階まで残ったのは、SPACE XのCrew Dragonの他にBoeing のCST-100 スターライナーの2候補でしたが、CST-100は2019/12/20に実施した無人試験の際、打ち上げには成功したものの、ISSとのドッキングの際にソフトウェアの不具合が発覚し、追試験が必要という事になってしまいました。

アポロ計画以来、人類は再び地球周回軌道上より内側に縛られてきました。勿論探査機をあらゆる惑星に送り込みデータやサンプルを収集し、また電波望遠鏡を駆使して遥か宇宙の彼方の高解像度画像を撮影し、様々な科学的発見をし続けてきました。しかし、学術的発見のみをモチベーションとした場合、ロボットを使用した方が正確で安価で、万が一事故があっても人命は失われません。また、各国の宇宙開発予算は限られています。全ての宇宙開発国は同様に、社会福祉へ支出すると科学予算削減のプレッシャーに晒されており、宇宙開発への追加の予算投入は難しい側面があります。しかし、人類の活動範囲を月、火星、その先へと広げていくためには、これまでの宇宙予算の何倍もの投資が必要になります。そのためには、ゼロサムゲームの国家予算の取り合いではなく、民間企業の投資を誘引し、産業を生み出す事が必要です。鉱業やエネルギー、製薬などの大規模産業からの投資をうまく宇宙開発に引き込んで、不動産や観光などの付随産業とともに成長させていく、まさにゴールドラッシュが始まろうとしているのではないでしょうか。

著者情報
Masaki Katoh
Tokyo, Japan
技術責任者兼デザイナーとして空撮ドローンを用いたPV撮影からWebページ制作まで幅広く担当する主要な実働部隊。必要なものはなんでも作るがやる気スイッチが不明、特に脳筋的な努力を嫌うため、肉体的に辛い行程には率先して抗議活動を行う。美しく奇妙な景色を追い求めるためにEPCにいる。普段は丸の内で外資系コンサルとして活動し、趣味は宇宙開発。

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